帰国しました

January 08, 2006 Sunday

成田からなら30分で帰れるのに、関空−(長い待ち時間)−羽田−家は遠かったです。
終電ぎりぎりで帰れて良かった。

イエメンは、どこにでもあるものは豊かとは言えないけど、イエメンにしかないものをたくさん持っている素敵な国でした。
現地6日間は短すぎ。

ドバイはある意味イエメンと正反対の国でしたね。
それ以上はノーコメント。

今回、初めて関空を使いましたが、入国審査のときに、

「いろいろ行ってはりますね」
「お仕事ですか?観光ですか?」
「この国は?」
「じゃあこの国は?」

と3年くらい前に行った国のことまで聞かれ、まるで職務:興味=1:9の某国の腐れ警察のようだったのですが、当たった人が悪かったのでしょうか?

関西の人教えてください。

疲れたので、今日は寝ます眠い(睡眠)眠い(睡眠)眠い(睡眠)

イエメン 初日の出はコーカバンで その1

January 09, 2006 Monday

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イエメン入国が2005年の大晦日。
僕が初日の出のを見る場所に決めたのがコーカバンです。

サナア到着後、シャハラ行きツアーの予約を済ませ、ホテルに「明日泊まるからお願い」と言って重い荷物を預け、サナアの旧市街を一通り歩いたあと、3時前にコーカバンと双子の町シバーム(世界遺産で無いほう)へ向かいました。

途中タクシーがへたばり、他の車に乗り換えたりなんて事もありましたが、4時前には無事にシバームへ、ここから登山開始です。

上の写真で遥か上に見えるのが、目的の町コーカバン。
シバームは生活のための町、コーカバンは敵が攻めてきたときの防御の町。
この二つの町は、二つで一組なのです。

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ぜーぜー、はーはー
ぜーぜー、はーはー

健脚ならば40分なんて書いてありますが、なかなか着きません。

「高地順応する前に、いきなり運動してはいけない」なんてペルーでの教訓は、もうどこかに吹っ飛んでます。
まぁペルーのときは4800m、今回はシバームが2500mで、コーカバンが2850mなので、どうにかなるでしょう。

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コーカバンへの道はまだまだ続きます。
戦争のときには、シバームの人はコーカバンへ逃げたわけですが、こんなへたれでは、逃げ遅れて討ち死にしてしまいます。

だいぶ周りも暗くなってきましたが、街灯があるのが心の支え。
(後で聞いた話では、この街灯は夜になっても点灯しないそうです)

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ぜーぜー、はーはー
ぜーぜー、はーはー

ようやく到着したコーカバン。
満天の星を眺めた後、フライトの疲れもあり、あっという間に眠りについたのでした。

明日は地平線の向こうに昇る太陽を拝めるのでしょうか?

イエメン 初日の出はコーカバンで その2

January 11, 2006 Wednesday

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イエメンでは1月1日は特別な日ではありません。
特にコーカバンのような山の上の小さな町では、何事も無く大晦日の夜が更け、何事も無く元旦の朝がやってきます。

でも寝過ごす心配はありません。
なぜなら夜明け前になると、大音量のアザーンが鳴り響くからです。
こんなに小さな町なのにモスクが8つもあって、そのうち5つがスピーカー付き。
止めることの出来ない目覚まし時計。

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そして・・・

出ました。
2006年の初日の出。

こんなとき隣に「綺麗だね」って言ったら、何も言わずに「うんうん」ってうなずいてくれる素敵なレディがいたら言うことなしなんだけど、それは今年の宿題ってことにしておきましょう。

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少し遠くに目をやると、そこにはまだ傷跡生々しいがけ崩れのあと。

がけ崩れで40人死亡 イエメン西部

三日前まで元気に生きていた人達は、もうこの朝日を見ることができません。

そう思うと、足元の岩がこうして自分をしっかり支えてくれて、無事新しい年を迎えられるということに感謝しないとって気持ちになれました。

そんな2006年の始まり。
スタートにふさわしい、清々しい朝だったのでした。

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